THANK YOU

僕とうつわ


20代半ば頃、古民家レストランに併設されたギャラリーで初めて陶器を買った。白い化粧土と黒い素地のコントラストが楽しいフリーカップ。それはこの世に一点限りの作品であり、日常の道具でもある。そのアンビバレントな魅力に惹かれた。だけどそれ以上に、沢山並んだ物の中からどうしてそれを選んだのか、自分自身で説明がつかないことに興味を覚えた。あとで調べると恩塚正二という陶芸家の物だった。それから少しづつ、理由は分からずも惹かれる物を集めていった。本屋を始めると決めたとき、もう一つの商品の柱としてうつわを扱うことを決めたのは、その答えを追い求めていきたいと思ったから。接客中に言葉で作品を伝える作業によって、なぜこれを選んだのか自分自身にも問いかけている。何事もそうだけど学ぶことでしか前へ進めない。

同じく20代半ば頃、『蟲師』というファンタジー漫画にハマった。江戸と明治の間という時代を舞台に、各地を転々と旅する主人公が不思議な現象に遭遇するという一話完結のストーリー。架空の民間伝承をベースにしていながら日本の原風景を描いているようで、それから民俗学にも興味を抱くようになった。特に、1930年代から全国に残る慣習や風俗を調査した民俗学者・宮本常一の、旅に捧げたその生き方にも憧れた。代表作『忘れられた日本人』や彼の膨大な数の著作からは、現代で忘れ去られた庶民の文化や暮らしが、たった数世代前の時代には色濃く残されていたことが分かる。世の中の流れを止めることはできないし、その必要もないけれど、一度失われた文化はそっくりそのまま取り戻すことはできない。

店を始めて間もない頃、鎌倉の民藝店・もやい工藝の久野恵一さんを人から紹介してもらい、民藝の企画展を行うようになった。大学時代に宮本常一に師事し、卒業後もやい工藝を開いた久野さんは、明るく屈託のない人柄で、全国の作り手たちと信頼関係を築いた。若い陶工への指導、現代の生活になじむ製品の提案にくわえ、箕や大壺といった時代の変化によって需要が減る物も、その制作技術を保護するために注文し続けた。すぐれた日本の手仕事を次世代につなげるために尽力した姿は、農業指導や離島振興に力を注いだ宮本常一に重なる。現在は息子・久野民樹さんが中心となり、同時代に作られる逞しく美しい手仕事の魅力を発信している。

うつわ作家の個展を企画するとき、できる限りその人自身を表現したいと思っている。作家の思考を手のひらから土や木という素材に伝え、生み出した形。表現する媒体は違うけれど、画家やイラストレーター、写真家を迎えるときと同じような感覚で向き合っている。その一方、民藝の企画展では、無私の境地から生まれる手仕事の美しさを伝えていきたいと思っている。また、自分自身、地域風土が育む工芸を通して日本の原風景に思いを馳せているのかもしれない。

作家性と無名性。在り方は違うけれど、どちらもそばに置くことで得ることができる心の豊かさは大きく、自分が良いと思う物を届けていきたい。それは多様なカルチャーを発信する本屋だから可能だと思うし、そういうオルタナティブな場所にしていきたい。つまり、一つの嗜好性を意図的に定めるではなく、どんなジャンルでも自分が強く惹かれた物は積極的に取り上げていきたい。このように書くとつくづくエゴイスティックな店だと気付かされますが、今はそのようにやっていきたいと思っています。

2018-02-28 | Posted in THANK YOUComments Closed