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鴉
1986年に初版が刊行され、その後二冊の復刻版も発行後ただちに完売。日本の写真集の歴史の中でも重要な写真家・深瀬昌久の『鴉』。妻との私生活をベースに虚実織り交ぜたストーリーを展開する「私写真」を発表した荒木経惟と同時代に登場した深瀬も、妻・洋子との私生活を題材にしていますが、洋子と母が腰布一枚で立つ姿、家族一同が揃うなかに洋子が一人裸で立つ記念写真など、実験的で過激な演出をほどこしています。(参考:YouTubeにこちらも入手困難な『洋子』がアップされています。『鴉』にも収録されたカットも出てきます)
1976年から1986年にかけて撮影された『鴉』は洋子と離婚した深瀬が悲しみに暮れながら故郷に向かった旅を出発点とています。北海道の海岸沿いの景色を背景に飛び立つ鴉、見も知らぬ学生たち、ぼろぼろの布をまとい街を彷徨うホームレス。言いようのない自身の孤独を漆黒の被写体に反映しているようです。
1992年に階段からの転落事故で重度の障害を負って以降、写真家として活動できなくなり2012年に死去した深瀬。彼の功績を伝えるべく、深瀬昌久アーカイブスを立ち上げた元VICE日本支部編集長でアートプロデューサーのトモ・コスガ氏が発見した未発表作品やドローイングを多数引用しながら、知られざる深瀬昌久の作品と人生の交差を読み解く一冊となっています。今回の復刻版はイギリス、ロンドンを拠点とするMACKからの刊行。MACKは映画「世界一美しい本を作る男」のシュタイデル社で経験を積んだマイケル・マック氏が2010年に立ち上げた出版社で、世界から注目される本を次々と世に送り出しています。
深瀬昌久の作品『鴉』は、オリジナル版写真集の発刊から三十余年が経った現在、写真史における決定的な作品群のひとつに数えられると同時に、写真集の分野においても最高峰と評されている。しかし賞賛の数々と時の経過によって覆い隠され、置き去りになっていることがある。それは、深瀬がなぜ鴉というモチーフに執着したのか、という根本的な疑問を説明づける興味深い事実の断片だ。この鴉というモチーフは、彼が生涯を通して耐え続けた実存的苦悩と寂寥を反映したものであるというだけでなく、芸術の名の下において鴉に自身を重ね合わせることで寂寥を増幅させ、果てには狂気に満ちた芸術的表現へと陥らせるものであった。1992年、深瀬は行きつけのバーの階段から転落する。この後遺症によって自らの意識を彷徨わせることとなり、医学的に見ても孤立した状態を以後二十年間にわたって続けた。深瀬は自らが手にしたカメラによって囚われた一羽の鴉となり、その最も代表的な写真集の表紙に宿ることで不滅の存在となったのだ。
– トモ・コスガ(収録エッセイ「孤独の叫び」より抜粋)
最後にこちらは私物ですが、2008年にRat Hole Galleryから刊行された復刻版。時代が変わっても残っていく優れた写真集です。
¥10.000+税 WEB SHOP