THANK YOU

シャツのはなし

私服勤務という自分への口実もあり、会社員だった頃は服を買うことが大きな楽しみだった。それは休日に街へ出かけてお金を使うというストレス発散法でもあった。転勤で東京に引っ越してからはますます加熱し、気になるブランドをWEBや雑誌でチェックして緊張しながらセレクトショップを見て回った。地方から出てきて浮き足立っていることは十分自覚しつつ買い物を楽しんでいた。

あるとき、初めて行ったお店で一枚のシャツに心をガシっと掴まれた。飾り気がなくそっけないけど気のきいたデザイン。当時そのブランドはブレイク前夜だったこともあり「自分が見つけた!」と勝手に思い込んでしまった。直営店で新商品をチェック、欲しいものが品切れのときは別の取扱い店で通販してまで買うようになっていた。元々は一枚のそのシャツが好きだったのに、いつしかブランドのタグが重要になっていた。そのうちの何着かは数回しか着ないままクローゼットで出番を待っている。

世の中に溢れかえる商品の中から何かを選ぶとき、その背景にあるストーリーを重視することがある。社会貢献している企業への共感として商品を買うとき、情熱を持った作り手へのエールとしてお金を使うとき、単純に商品を買うときと比べて満足度が高い。

少し話は逸れるけど、目標実現のための資金をネット上で募るクラウドファウンディングで絵本を出版したいというプロジェクトをたまたま知り、強い想いに共感して少額ながら支援したことがあった。目標達成までを見守り、プロジェクト成功後に絵本が手元に届いたときは感慨もひとしおだった。

ただ、誠実に心を動かすストーリーは素晴らしいけれど、巧みに演出されたストーリーには意識的になりたいと思う。言い換えると、感情に訴えかけてくるストーリーに捉われず、商品そのものを見定める力を持ちたい。どんなメーカーがどんなコンセプトで作ったのかという情報だけで判断せず、どんな材質で、どんな工程で作られたのかという基本的な情報を用いて、冷静に、ある意味ドライに物自体と向き合いたい。

それでもたまにブランドやストーリーも何もかもすっ飛ばして心を奪われる出会いがある。今では袖が擦り切れてくたくたになってなお愛着が増す最初のシャツがそうだった。その出会いを見過ごさないためにできることは、調べて出かけて身銭を切って向き合って勉強すること。そう思えば東京での散財にも言い訳がつく、そんな気がします。

2018-01-23 | Posted in THANK YOUComments Closed