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other mementos

宙に浮いているようなガラス瓶の上の青りんご。遠近感が掴めないフェンス越しのテニスボール。とるに足らない車窓の景色の前でぼやけて浮かぶ女性の横顔。人気のない街角。剥製なのかも分からない無言の動物たち。見慣れないイメージの連続はまるで白昼夢の世界。

広島出身の写真家・幸本紗奈さん初めての写真集『other mementos』。本来ならばピントが当たるべき部分の焦点はずれ、思わぬところでピントが合った、不明瞭な写真ですが、居心地の悪さは微塵も感じられず、むしろ既視感を覚えます。ああ、これは物思いにふけるときの目線の先に似ている。意識と無意識の間で視覚が捉える不思議な世界。

幸本紗奈さんがシャッターを切る瞬間、なぜそこに目を向けたのか分からないまま、はっきりとしない「予感」を撮影するそうです。暗室作業は彼女にとって重要で、同じネガフィルムを色味を変えて何枚も現像したり、時間をかけて写真と向き合ううちに、その予感した美しさに気づくのだと言います。

そのためか、作品に明確なテーマはありません。また、写真の意図を読み取る必要はないと言います。「心を鎮めてみてもらえたら」と。しかし読み取ることがそもそも難しい。ホテルのような部屋の中、ガラス瓶の上の青リンゴ、博物館で展示された石像など被写体は様々ですが、いつ撮影されたのか、昼なのか夜なのか、国内なのか海外なのかといった、日時や時間や場所といった情報が排除されています。テーマもなく、具体的な情報も感情表現もない写真を前に、少し戸惑いながらも、ただぼんやりと眺める。抑揚のないイメージだからか、見続けていても不思議と見飽きません。

観る者にとって何の関係性もないはずの一枚の写真が、ある瞬間に心の奥底にある何かと結びついて、懐かしさや物悲しさ、嬉しさ、音や匂いなど、特定の感覚を思い起こさせる。幸本さんは、写真という表現を通して、感覚的なものを呼び覚ます何かを探ろうとしています。

幸本さんの写真を初めて見たのは3年前の本と自由での個展でした。次は今年の2月、ふげん社で行われていた個展にも出張に合わせて運良く足を運ぶことができました。そして6月下旬、Baciの内田さんから届いた「広島出身の写真家の本を作っているので、販売や展示のことなど、相談させてもらえませんか」というメール。そこに幸本さんの名前を見たときの驚きと興奮、そして完成した本を見て納得しました。

何度も話し合い、小手先の売りやすさに走らず、写真家の「曖昧さ」までをストレートに形にした写真集。 Baciがこれまで刊行した安西水丸さん今井麗さんの素晴らしい2冊の作品集に引けを取らない強度があります。

明快さもなく強烈さもない、ぼんやりとした曖昧な写真群に、彼女の際立った作家性が現れています。表紙カバーの色も透明なエンボス文字もミステリアス。ページをめくり心を鎮める視覚体験を共有してみてください。

A4判変型(H210☓W180mm)上製本 48ページ オールカラー
掲載作品点数23点 デザイン:村橋貴博(guse ars)
700部限定

4000円+税(WEB SHOP

2019-08-05 | Posted in BOOKSComments Closed