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LETTER OF SLIP
スリップウェアは、板状にした土の表面に、スポイト器具などで文様を描く型作りの陶器。手の軌跡のダイナミズム、下地と美しいコントラストを織りなすスリップウェアは、民藝の先人たちに始まり、多くの人を魅了してきました。
山田洋次さんは、本国イギリスのスリップウェアを創作の原点としつつ、精力的に新しい表現に取り組んでいます。美術家・望月通陽さんとの出会いをきっかけに取り組んだ文字の文様もその一つ。言葉から生まれた文字の文様には、父であり、陶芸家であり、一人の人間である山田洋次そのものが色濃く反映されています。
本書『LETTER OF SLIP』では、2020年春に制作した文字のスリップウェアを収録。本自体をスリップウェアとして見立て、表紙の題字は作家本人がスポイト器具で一冊ずつ手書きしました。また、本を保護するビニールカバーは釉薬を見立てています。
山田洋次 Yoji Yamada
1980 滋賀県生まれ
2002 信楽窯業試験場 小物ロクロ科 修了。
2003 大阪日本民芸館の展示ポスターで古い英国のスリップウェアを知る。
2007 渡英。Maze Hill Pottery にてLisa Hammondに師事。soda glaze(ソ−ダ釉)を学ぶ。
2008 帰国後、古谷製陶所勤務。職人的仕事を学ぶ。
2013 滋賀県信楽町田代にて築窯。
『LETTER OF SLIP』 ¥4,000+税
A5サイズ 128ページ フルカラー 日英表記
ソフトカバー + ビニールカバー
限定200部
表紙題字:山田洋次
写真:田頭義憲
スタイリング:矢吹菜美
デザイン:清政光博
英文翻訳:Matt Mangham、栗栖恵子
印刷・製本:シナノ書籍印刷株式会社
発行:bibriver
bibriverは、READAN DEATの出版プロジェクトです。
傘下
文字や印刷物をテーマに作品を発表するアーティスト 立花文穂さんが、故郷・広島を撮影し、自ら製本した写真集『傘下』。
写真集にも登場する書の作品二点、その一点は見開きページで使用されているのですが、共に並ぶ写真は、8月6日の夕方、たくさんの人が灯籠流しに参加している風景。「人間(七)」というタイトルがついたその書の作品は、75年前のその日、水を求めて集まった人、人、人、強力な高熱線によって地面に焼き付けられた人の影を想起させます。
大国の傘の下、発展し続けたこの国で、惨禍を語り継ぐ地元ヒロシマの光景。そのような読み方ができる一方で、立花さん自身のとてもパーソナルな物語として読むこともできます。それは、製本所を営んでいた立花さんのお父さんが、原爆死没者名簿の製作を担当していたということ。
毎年、その年に亡くなられた被爆者の方の名前が記帳される原爆死没者名簿は、広島平和公園の慰霊碑の下に奉納されていて、市職員によって年に一度「風通し」という作業が行われます。人が手を合わせて祈る「本」。慰霊の念が込められた「文字」。お父さんが製作し、そして記帳もされている名簿を撮り続けることは、立花さん自身のルーツと向き合うこと。本が、文字が、人であることを誰よりも感じているのではないでしょうか。
雨で濡れたようにつややかな表紙のタイトルは黒の箔押し印刷。広島を写し、広島で製本された写真集です。
Ground
「土地の記憶」をテーマに長崎の風景を撮影した写真家・佐々木知子さんの『Ground』。表紙の一枚「稲佐山から爆心地を臨む」、この一枚を撮ったと同時に佐々木さんに「Ground」という言葉が去来し、そこから写真集の製作が始まりました。
ページを初めてめくった時、電車内のつり革、ブラインド越しの風景、車のいない道路などその一枚だけでは「長崎」と直結しないような、言い換えると、写真集として編まれることによって意味を持つ写真が多く収められていると感じました。しかし、巻末のキャプションを確認し、場所の意味に触れ、改めて見返すと、あることに気づき始めました。
写真は、シャッターを押した「その瞬間」だけでなく、否応なく「過去」と繋がっている。そこに写された何気ない風景は原子爆弾で廃墟となった過去を持ち、その街が経験した過去の上に人々は「今」を築き生きている。
写真は、そのイメージについての知識や情報量で受け取り方が変わるけれど、佐々木さんは声高に主張することなく、だけど胸に残るコントラストで、何気ない街角にも積み重なった「土地の記憶」に触れる余地を読者に与えていると感じています。そしてそれは自分たちの身近な風景に想いを巡らす契機にもなっていきます。
土地が記憶した悲しみの過去を忘れない。誰もが知っているモニュメントだけでなく、ありふれた風景を前に想いを馳せる、祈りにも通じる一冊です。
寄稿:根無一行(宗教哲学者)
デザイン:漆原悠一
翻訳:前野有香
発行: t e n t o
H263×W191mm 104 ページ ハードカバー 日本語/英語
500部
¥4,500 +税(WEB SHOP)
other mementos
宙に浮いているようなガラス瓶の上の青りんご。遠近感が掴めないフェンス越しのテニスボール。とるに足らない車窓の景色の前でぼやけて浮かぶ女性の横顔。人気のない街角。剥製なのかも分からない無言の動物たち。見慣れないイメージの連続はまるで白昼夢の世界。
広島出身の写真家・幸本紗奈さん初めての写真集『other mementos』。本来ならばピントが当たるべき部分の焦点はずれ、思わぬところでピントが合った、不明瞭な写真ですが、居心地の悪さは微塵も感じられず、むしろ既視感を覚えます。ああ、これは物思いにふけるときの目線の先に似ている。意識と無意識の間で視覚が捉える不思議な世界。
幸本紗奈さんがシャッターを切る瞬間、なぜそこに目を向けたのか分からないまま、はっきりとしない「予感」を撮影するそうです。暗室作業は彼女にとって重要で、同じネガフィルムを色味を変えて何枚も現像したり、時間をかけて写真と向き合ううちに、その予感した美しさに気づくのだと言います。
そのためか、作品に明確なテーマはありません。また、写真の意図を読み取る必要はないと言います。「心を鎮めてみてもらえたら」と。しかし読み取ることがそもそも難しい。ホテルのような部屋の中、ガラス瓶の上の青リンゴ、博物館で展示された石像など被写体は様々ですが、いつ撮影されたのか、昼なのか夜なのか、国内なのか海外なのかといった、日時や時間や場所といった情報が排除されています。テーマもなく、具体的な情報も感情表現もない写真を前に、少し戸惑いながらも、ただぼんやりと眺める。抑揚のないイメージだからか、見続けていても不思議と見飽きません。
観る者にとって何の関係性もないはずの一枚の写真が、ある瞬間に心の奥底にある何かと結びついて、懐かしさや物悲しさ、嬉しさ、音や匂いなど、特定の感覚を思い起こさせる。幸本さんは、写真という表現を通して、感覚的なものを呼び覚ます何かを探ろうとしています。
幸本さんの写真を初めて見たのは3年前の本と自由での個展でした。次は今年の2月、ふげん社で行われていた個展にも出張に合わせて運良く足を運ぶことができました。そして6月下旬、Baciの内田さんから届いた「広島出身の写真家の本を作っているので、販売や展示のことなど、相談させてもらえませんか」というメール。そこに幸本さんの名前を見たときの驚きと興奮、そして完成した本を見て納得しました。
何度も話し合い、小手先の売りやすさに走らず、写真家の「曖昧さ」までをストレートに形にした写真集。 Baciがこれまで刊行した安西水丸さん今井麗さんの素晴らしい2冊の作品集に引けを取らない強度があります。
明快さもなく強烈さもない、ぼんやりとした曖昧な写真群に、彼女の際立った作家性が現れています。表紙カバーの色も透明なエンボス文字もミステリアス。ページをめくり心を鎮める視覚体験を共有してみてください。
A4判変型(H210☓W180mm)上製本 48ページ オールカラー
掲載作品点数23点 デザイン:村橋貴博(guse ars)
700部限定
4000円+税(WEB SHOP)
書体 shape of my shadow
ポスターやロゴのデザイン、書籍の編集などを手がけるグラフィックデザイナーであり、紙や文字や本をテーマに国内外で作品を発表するアーティスト 立花文穂さん。
立花さんが手がけてきた文字の作品は、路上に落ちいている紙屑や作業場の床に散らばった紙切れの海から、“文字どおり”文字を拾い集めたコラージュや、数字やアルファベットや記号の活字を「とめ / はね / はらい」といったパーツとして組み合わせ、漢字や平仮名として再構成した活版印刷のアートワークなど、唯一無二のタイポグラフィです。
色褪せて所々汚れた紙の上で、見向きもされなくなったアノニマスな文字たちが糊やテープで切り貼りされて踊り出し、使われなくなった活字や罫たちが大胆なレイアウトで再びインクを身にまとう。ざらざらガサガサと紙の手触りや、物理的な積み重なりを眼で感じる作品です。
今回ギャラリースペースで展示中の新作のタイトルは「書体」。ストレートに解釈すると「フォント=文字」ですが、前述した作品とは異なり、文字として認識することができません。
高校生のころ石や銅に彫られた文字を
真似て筆で書いた。
文字が生まれるときのことを考えた。
ぼくは知らなかった線や形が不思議だった。
作品集『書体』の序文には、書道を学んでいた高校時代のエピソードが短く記されています。絵から生まれた漢字。絵だった頃の文字(象形文字)。文字以前の文字。筆を持ち、ビンテージの新聞用紙の上に、文字のような何かを墨で書く。そうして生まれたカタチは原始生命体のようなもの、読めそうで読めない文字未満のものなど、白と黒の世界で上下左右を自在に泳ぐ不思議なカタチ。
素材を元に作られるコラージュや活版印刷の作品と異なり、内側から訪れるイメージを身体の動きに変換し、指先から筆に伝え、書く。「書く体」が残したものは、立花さんの残像=影のカタチなのでしょうか。序文の締め括りで一つの答えが記されています。また、その余白も含めて立花さんのグラフィックデザインの原初的な萌芽のカタチでもあるように感じます。
立花さんのご実家は製本業を営んでいたこともあり、当時の製本機械を使用して、作品集を自ら手作業で製作しています。一枚一枚紙を折って順番に重ね、ガシャンガシャンと一枚一枚機械で束ねて綴じ、背の膨らみを押し潰し、重しを載せて平らにならし、糊を塗り表紙を貼ってようやく出来上がる、本という物体そのものが立花さんの作品でもあります。
¥3,750+税 350部限定
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