BOOKS
ワンダーウォール
「老朽化による耐震性の問題」「誰もが安心できるクリーンで安全な建物」。物理的に合理的な言葉の前に、「歴史が積み重なったかけがえのない場所」「醸造された文化的な雰囲気」といった曖昧な言葉はかき消される。例えば、現在工事中の横川駅の高架下や、9月末までに寮生全員の退去を求めている京大の吉田寮のように。
学生の街・京都を舞台に、廃寮の危機に瀕した学生寮に住む学生たちを描いたドラマ『ワンダーウォール』公式写真集。脚本を書いた渡辺あや、本書の写真を撮影した澤寛のほか、内田樹、大友良英による寄稿、ドラマのシナリオも収録。
7月に放送された後、多くの反響があり、先日も再放送されたこのドラマ、見過ごせないポイントの一つが、NHKが制作・放送しているところ。時期的にもデリケートなストーリーを、渡辺あやさんやプロデューサーをはじめとした熱量の高い関係者が動き、そしてこのキャスティングしかありえないというような役者がオーディションで集まり、撮影わずか11日間、奇跡というか、生まれるべくして生まれたドラマ。さらにこの写真集、京都のインディペンデント書店・誠光社さんが発売元。
抗うことが目的ではないけど、自動運転な世の中にはしたくない。
¥2,500+税 WEB SHOP
TTP
公園の一角にある卓球台。あるときはベンチ、あるときは遊び場、またあるときはスケボーの障害物など、定点観測的に撮影した卓球台は本来の用途を飛び越えて、座るもの、乗るもの、下に潜るものと状況次第で様々に変化して面白いです。
日本人写真家、富安隼久(Hayahisa Tomiyasu)のファースト写真集『TTP』。タイトルの由来は「tischtennisplatte(卓球台)」。当時住んでいたドイツ、ライプツィヒの学生寮、8階の南向きの部屋から見渡せる公園に置かれた卓球台に焦点を当て、デッドパン・スタイル(主観や感傷、ドラマチックな誇張を可能な限り抑え、対象を客観的、中立的に描写する手法)を用いて撮影しています。
環境やモノが人や動物に「行為」を促す性質、アフォーダンスについても考察したくなる一方、ずっとその場に置かれ昼夜問わず様々な用途を提供する卓球台がだんだん健気に思えてくるのは、物にも魂が宿ると考える日本人的感覚なのでしょうか。そういう見方だと最後はちょっと切ないです。
イギリスの出版社MACKが主催する、過去に写真集出版経験の無い作家の出版支援を目的とする「First Book Award」の2018年グランプリ受賞に伴い刊行。
¥5,550+税 WEB SHOP
いのちの花、希望のうた
画家と詩人の兄弟ふたりによる画詩集『いのちの花、希望のうた』。
兄の岩崎健一が描く花は、花弁の一枚、葉脈の一筋までを丹念に緻密に捉えていて、慎ましくも力強く輝いています。鮮やかな色彩はいのちを咲かせる喜びの色。画家の花への敬愛が伝わってきます。
弟の岩崎航の五行詩は、勇気と希望と慈しみのうた。病と向き合い、日々の営みのなかで生まれた、五行の短い言葉の連なりは、目で耳で再生されるたび心の奥で響きます。
筋ジストロフィーという、身体の筋肉が壊れやすく再生されにくい難病を抱えながら暮らす二人の絵と詩は、生きた証として、また生きる中で見出した光として創作されたもの。自分自身と向き合うための純粋な創作活動はストレートに胸を打ちます。
あなたへの、そして大切に思う誰かへの花束として。
1,700+税 (WEB SHOP)
みんぱくの図録
文化人類学・民族学の研究所であり、世界最大級の博物館機能を備えた国立民族学博物館、通称みんぱくの展覧会図録がいくつか入荷しました。
『太陽の塔からみんぱくへ – 70年万博収集資料』 ¥1,600+税
大阪万博を2年後に控えた1968年、世界の諸民族の資料を収集するというミッションに限られた予算と時間のなかで取り組んだ「万博資料収集団」。彼らが1968年から1969年にかけて収集した世界各地の標本資料や活動の様子を紹介した一冊。60年代後半から70年代にかけて世界が大きく動いていく状況のなかでの民族文化や地域社会の様相を描き出す。
『イメージの力』 ¥1,600+税
歴史を通じて人間が生み出してきた様々なイメージ。そのつくり方や受けとめ方に、人類共通の普遍性はあるのか。 みんぱくが所蔵するコレクションのなかから約600点の造形を精選。
『ビーズ』 ¥1,100+税
飾り玉、数珠玉、トンボ玉などを総称するビーズ。人類がつくりだした最高の傑作品のひとつであるビーズについて、つくる楽しみ、飾る楽しみをとおして世界の人びとにとってのビーズの魅力を紹介。
『現れよ。森羅の生命 – 木彫家 藤戸竹喜の世界』 ¥1,800+税
旭川を拠点に「熊彫り」を生業としていた父のもとで、12歳から木彫を始めた藤戸竹喜(ふじと たけき)は、父祖の彫りの技を受け継ぎながら、熊をはじめ狼やラッコといった北の動物たちと、アイヌ文化を伝承してきた先人たちの姿を木に刻み、繊細さと大胆さが交差する独自の世界を構築。卓抜なイメージ力・構想力とともに、生命あるものへの深い愛情に根ざした生気あふれる写実表現。 動物たちの俊敏な動きをとらえた初期作から、民族の歴史と威厳をモニュメンタルに伝える等身大人物像まで、70年にわたる創作活動の軌跡とその背景をたどった作品集。
『屋根裏部屋の博物館』 ¥2,762+税
実業家・渋沢敬三が学問への憧れを捨て去れず、自邸内の物置にアチックミューゼアム(屋根裏部屋の博物館)を設け、玩具から始まり、庶民の生活資料の収集と調査を行った。このような資料を渋沢は「民具」と命名し、日本の民具研究から周辺諸民族の物質文化の比較研究へと研究領域をひろげ、独自の渋沢民俗学を形成した。アチックミューゼアムの民具と民具研究の思想がうかがえる一冊。
『なかはどうなってるの? 民族資料をX線でみたら』 ¥667+税
人間が多様な素材からつくる道具の数々をX線写真で観察すると…。モノのもつ魅力のあらたな発見。 民族資料にX線透視調査を行い、実物とX線写真を比較しながら,モノの中に秘められた様々な側面を紹介。外見たけでは気がつかなかった発見や、これまでとは違ったモノの見方ができる一冊。
今日、世界の辺境・秘境へ手元のスマホ画面のなかでも訪れることができますが、もう一歩深く分け入りたいと思ったとき、みんぱくを訪れて文化の多様性を肌で感じてみるのもいいかもしれません。テクノロジーの進歩とともに手放してしまうには惜しい人類の英知の一端、まずは図録で探求してみてください。
川はゆく
写真家にとって広島をテーマにすることは「ヒロシマ」を表現することと切り離せない。土門拳は『ヒロシマ』(1958)で被爆者を通してその非人道性をあぶり出し、石黒健治は『広島』(1970)で高度経済成長下で風化する記憶を淡々と描写し、76年に撮り始めた土田ヒロミのヒロシマ三部作は年月をかけた記録写真で、石内都の『ひろしま』(2008)は静かに美しく被爆遺品をとらえた亡き人のポートレート。
そして戦後70年が過ぎた現在の広島を撮り下ろした写真家・藤岡亜弥さんの『川はゆく』(2017)。マツダスタジアムを埋め尽くすカープファン、賑やかなフラワーフェステバル、路面電車、本通り商店街、基町アパート、テレビに映った大統領当選のニュース、燃えるような夕焼け。広島にいるとなかなか気づかないけれど、どの風景もヒロシマ。市内を流れる川の流れのように、この瞬間も絶えず時代とともに街も人も流れている。
広島生まれの藤岡さんが向き合い生まれたこの写真集は数年後、どのような意味を投げかけてくるのでしょうか。
『川はゆく』¥5,000+税