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阿部海太の本


埼玉出身、神戸在住の画家・阿部海太さんの描き下ろし絵本『みずのこどもたち』。人、動物、生き物すべての根源にある「水」をテーマにした一冊。光輝く緑は滋養に満ちた水の色。脈々と命をつなぐ水は人知を超えた意志を持っていて、この世界をつくっている母なる存在。ひとつひとつの命は繋がっていることを教えてくれています。



キャンバスいっぱいに広がった躍動感のある原画は、あまりのエネルギーに見ているとくらくらするほど。モニター画面では伝わらないマジカルで鮮烈な色彩に、もう一つの世界に交信するような感覚をおぼえます。

阿部海太さんは東京藝術大学でデザインを学びますが、ずっと好きだった絵の世界に飛び込むため、卒業後ドイツに渡ります。その1年後、新たな環境を求めてメキシコへ。そこでフォークアートと出会います。西洋美術の価値観とは全く異なる、原始的で力強い土着の民衆芸術に触れ、だんだんと自分自身が描きたい世界に近づいていきます。

帰国後、絵画や絵本の制作を開始。2012年には写真家、デザイナー、装丁家とともに、本作りから販売を行うインディペンデントレーベル「Kite」を結成。ブックフェアへの出展、ギャラリーでの個展など精力的に活動を始めます。


2016年にリトルモアから刊行された『みち』。どこまでも続く道。幻想の世界。出てくる言葉は「あるく」と「はしる」の2語のみ。元々は私家版として生まれたタイトルでしたが、一部のインディペンデント書店で話題を呼び、その後、新装改訂版としてメジャーデビュー作となりました。絵本作家としての活動の原点とも言える一冊です。


「意識のめざめ」をテーマにした『めざめる』。朝めざめて夜ねむる。まぶしい光、そよぐ風、夢のなかのもう一人の私。当たり前のように過ごしているこの世界の不思議にめざめる。言葉を学び、知識を得ていくにしたがって忘れてしまう、あらゆる「初めて」と対峙した瞬間に呼び戻してくれるようです。


天地誕生や人間のはじまりといった世界各地に残る創造神話を、阿部さんの絵とともに紹介するイラストブック『はじまりが見える世界の神話』。北欧神話、マオリ族の神話、琉球神話など遥か昔から脈々と、時代の中で一部を失いながら語り継がれてきた物語。阿部さん自身も強く惹かれている神話世界を想像力豊かに描いています。

2016年の『みち』以降、立て続けに4タイトルの絵本を出版社から刊行する一方で、Kiteとしての活動やリトルプレスの制作も続けています。親交のある東京の書店・SUNNY BOY BOOKSとともに作った『All Seeing Eye』は『みずのこどもたち』のスピンオフ作品集。白黒の油彩で描かれた静寂の世界。


2017年にKiteから刊行された『pinhole』。情景と記憶、その限られた空間に現れる一瞬をほのかに照らす一冊。ミシン綴じの本のページは幅が短かったり、窓のある函から覗く絵は少し厚めのカードだったりと、凝った造本はKiteの真骨頂。

阿部さんの作品が放つ生命力に、二次元に命を与えること、絵を描くことの神秘性について思いを巡らせます。阿部さんは絵を通して、目には見えない、科学や数字で現すことができない、この世界の普遍に迫っているようです。

2018-04-25 | Posted in BOOKSComments Closed 

 

おなみだぽいぽい

書籍の装画などを中心に活躍するイラストレーター・後藤美月さんが作った初めての絵本『おなみだぽいぽい』。学校の授業で先生の言うことが一人だけわからなかったねずみの女の子が、悲しい気持ちを抱えてひとり屋根裏へ行くと涙がぽろりとこぼれ落ちます。隠してあったパンのみみをハンカチ代わりに涙で湿らせて、それを天井の穴めがけて思い切りぽーいっと投げると、屋根の上にいた鳥がパンのみみをキャッチします。鳥はそっけなく塩気が足りないとコメント、するとねずみの女の子は意外な行動をとるのですが…続きはぜひ絵本を手にとってご覧ください。

後藤さんがずっとあたためてきたこのお話は自身の体験がベースになっています。周りは楽しそうなのにひとりぼっちな気持ち。どうやって解消すればいいのかわからないモヤモヤした気持ち。ナイーブでセンシティブな子ども時代を過ごしたことのある人にじわっと響くストーリーです。その一方、誰にでも受け入れられる絵本ではなく、実際に後藤さんがお知り合いに絵本を見てもらったところ、うまく共感してもらえなかったことがあるそうです。それでも、たとえ100人のうち1人にしか共感してもらえなかったとしても、その人に届くことができたらという想いが込められています。


原画ではコラージュを取り入れて描かれている様子がよく分かります。ちょっとノスタルジックで温かい絵は何年経っても色あせない魅力がありますが、わくわくする楽しいストーリーではないし、感動や教訓、明確なメッセージが込められているわけでもありません。それでも、そんな絵本だからこそ胸に静かに届くものがあります。小さなお子さんにはねずみの女の子の感情がまだ分からなかったとしても、いつかその日が訪れたときにすっと寄り添ってくれる一冊です。

2018-02-14 | Posted in BOOKSComments Closed 

 

新宿(コラージュ)


広島出身のアートディレクター/グラフィックデザイナー・吉田昌平さんの『新宿(コラージュ)』は、写真家・森山大道の代表作『新宿』を解体し、全ページを素材としてコラージュした作品集。森山氏が捉えた新宿という雑多な街の風景を、ストリートスナップと同じ偶然性をもって、切って、貼って、剥がすを繰り返し、再構築した 〈もうひとつの新宿〉です。

切る、貼る、剥がす。
時間、場所、感情、匂い、全てを混ぜ、
感応の赴くままに、いまを層にする。
そこに思索なんていらない。
これは私の“欲”であり、“衝動”である。

『Shinjuku(collage)』より

田さんは「一番かっこいい位置はどこだろう」と紙の上に切り抜いた文字を配置するアナログなデザインの自主練をしているうち、だんだん物足りなくなり、廃品回収に出されていた古雑誌でコラージュ作品を制作し始めました。多種多様な紙切れを積み重ねて配置した作品は、下の層がチラリと見えてたり細かなパーツで一部分が盛り上がっていたり、それぞれが有機的に重なり合っています。

吉田さんは雑誌BRUTUS森山大道特集の企画でコラージュ作品を制作、もっと向き合いたいと思い写真集『新宿』を買ってきて130点近くのコラージュを個人的に作りました。怒られること覚悟で森山氏に見てもらうと高評価で作品集を作ることを決意、その後偶然ブックコーディネイター・内沼晋太郎さんと出会い、numabooksの出版第1弾として作品集『新宿(コラージュ)』を刊行します。


分厚いスリップケースの背表紙のみに情報が集約された異彩を放つブックデザインは吉田さん自らによるもの。紙の集合体としての「白い立体」のなかに収められた、刊行から15年後の現代にチューニングされたもうひとつの『新宿』は、吉田さんの作品でもあり、切り貼りされてなお強烈な森山作品でもあります。

¥5,800+税(WEB SHOP

2018-01-21 | Posted in BOOKSComments Closed 

 

Rambo


子供の頃に好きな映画やアニメのキャラクターを自由帳に描いて作品の世界に浸った経験は誰にでもあると思いますが、スイス人アーティスト、ベニ・ビショフ(Beni Bischof)はお気に入りの「ランボー 怒りの脱出」を3週間テレビで流し続け、それを見ながら300枚!の水彩画を描きました。ジャングル/汗/筋肉/爆破/愚かな陸軍将校などなど典型的なアクション映画のクリシェを脱力タッチで描いた愛と皮肉の作品集、その名もズバリ『Rambo』。

何度も繰り返し同じ映画を観ながら描きためるシリーズの第2弾バンビ。あのかわいいディズニー映画の名作がダークなタッチに。小さなお子様の手の届かないところに保管してほしい一冊です。



Beni Bischofの作品は、日常生活のなかの平凡や凡庸に対する強烈な皮肉がベースになっています。 刊行はスイスの出版社、Nievesより。

各3,800+税(WEB SHOP : Rambo / Bambi

2018-01-06 | Posted in BOOKSComments Closed 

 


1986年に初版が刊行され、その後二冊の復刻版も発行後ただちに完売。日本の写真集の歴史の中でも重要な写真家・深瀬昌久の『鴉』。妻との私生活をベースに虚実織り交ぜたストーリーを展開する「私写真」を発表した荒木経惟と同時代に登場した深瀬も、妻・洋子との私生活を題材にしていますが、洋子と母が腰布一枚で立つ姿、家族一同が揃うなかに洋子が一人裸で立つ記念写真など、実験的で過激な演出をほどこしています。(参考:YouTubeにこちらも入手困難な『洋子』がアップされています。『鴉』にも収録されたカットも出てきます)

1976年から1986年にかけて撮影された『鴉』は洋子と離婚した深瀬が悲しみに暮れながら故郷に向かった旅を出発点とています。北海道の海岸沿いの景色を背景に飛び立つ鴉、見も知らぬ学生たち、ぼろぼろの布をまとい街を彷徨うホームレス。言いようのない自身の孤独を漆黒の被写体に反映しているようです。

1992年に階段からの転落事故で重度の障害を負って以降、写真家として活動できなくなり2012年に死去した深瀬。彼の功績を伝えるべく、深瀬昌久アーカイブスを立ち上げた元VICE日本支部編集長でアートプロデューサーのトモ・コスガ氏が発見した未発表作品やドローイングを多数引用しながら、知られざる深瀬昌久の作品と人生の交差を読み解く一冊となっています。今回の復刻版はイギリス、ロンドンを拠点とするMACKからの刊行。MACKは映画「世界一美しい本を作る男」のシュタイデル社で経験を積んだマイケル・マック氏が2010年に立ち上げた出版社で、世界から注目される本を次々と世に送り出しています。

深瀬昌久の作品『鴉』は、オリジナル版写真集の発刊から三十余年が経った現在、写真史における決定的な作品群のひとつに数えられると同時に、写真集の分野においても最高峰と評されている。しかし賞賛の数々と時の経過によって覆い隠され、置き去りになっていることがある。それは、深瀬がなぜ鴉というモチーフに執着したのか、という根本的な疑問を説明づける興味深い事実の断片だ。この鴉というモチーフは、彼が生涯を通して耐え続けた実存的苦悩と寂寥を反映したものであるというだけでなく、芸術の名の下において鴉に自身を重ね合わせることで寂寥を増幅させ、果てには狂気に満ちた芸術的表現へと陥らせるものであった。1992年、深瀬は行きつけのバーの階段から転落する。この後遺症によって自らの意識を彷徨わせることとなり、医学的に見ても孤立した状態を以後二十年間にわたって続けた。深瀬は自らが手にしたカメラによって囚われた一羽の鴉となり、その最も代表的な写真集の表紙に宿ることで不滅の存在となったのだ。
トモ・コスガ(収録エッセイ「孤独の叫び」より抜粋)


最後にこちらは私物ですが、2008年にRat Hole Galleryから刊行された復刻版。時代が変わっても残っていく優れた写真集です。

¥10.000+税 WEB SHOP

2017-07-02 | Posted in BOOKSComments Closed